スポビズ企業の舞台裏や、そこで活躍するプロフェショナルをレポート スポビズ企業最前線

第1回

株式会社ブリヂストン

世界最高峰の舞台で戦い、次世代のタイヤづくりに挑む

(3)世界中でブランド力が向上

ミシュランとのライバル関係

 81年にヨーロッパのF2に参戦し、翌年にはチャンピオンを獲得したブリヂストンだったが、浜島さんの印象に残るのはとにもかくにも、ミシュランとの技術格差、マネジメント能力の差だった。タイヤの性能ばかりではなく、レースでのオペレーション、タイヤを運ぶトレーラーの立派さ…、何から何まで圧倒されっぱなしだった。

 「とにかく差がありましたね…。この時から、ずっとミシュランを強く意識しつづけていました。『いつか借りを返してやる』って。その後、92年にドイツツーリングカー選手権というところで、再び相まみえる機会があったんですが、技術的には肩を並べる所まで追いついたものの、オペレーションの『優雅さ・美しさ』みたいなものは、まだ負けていましたね。私たちのオペレーションは、ミシュランに比べるとツギハギだらけでした」。

 「いつかはリベンジを」と浜島さんが強く意識しつづけたミシュランは、90年代当時、すでにヨーロッパでは市販部門でもモータースポーツでも、確固たる名声を手にしていた。ヨーロッパでの知名度向上、シェア拡大というミッションを持つBSと違い、彼らには巨額を投じてF1に参戦する理由が乏しい。「わざわざ出てくる必要ない」(浜島さん)ミシュランだったが、予想に反して2001年にウイリアムズとコンビを組んで、F1シーンに復帰を果たした。そしてこの年、ついにガチンコの勝負で、BSは長年の目標であり、ライバルであったミシュランに雪辱を果たすこととなった。

欧州、東南アジアでシェアを獲得

 その後、勝ったり負けたりを繰り返すも、05年にはマクラーレン・ミシュランのコンビに席巻され、BSはわずか一勝に終わってしまう。が、翌06年には、再びほぼ互角の状態に巻き返す。両社のライバル関係は、大いに盛り上がりを見せるが、ミシュランは06年限りでF1から撤退。翌年からは7年ぶりに、BSのワンメイク時代が訪れることとなった。

 「たしかに勝ち負けはなくなってしまいましたが、ワンメイクでも意欲が損なわれることはありませんよ。何しろ全チームのドライバーが私たちのタイヤを使っていますから、表彰台では全員が"Bridgestone"の帽子をかぶってくれる(笑)。時々、事情を把握していない方に『すごいね。週末のF1、1〜3位まで全員ブリヂストンだったじゃん』なんて、ほめられることもあるんですよ(笑)」。

 浜島さんによれば、F1グランプリだけで年間、およそ100億円前後の経費がかかるという。いくら全ドライバーがBSの帽子をかぶってくれるとはいえ、その投資に見合うだけのブランドイメージ向上効果がなければ、ビジネスとしてのF1参戦は成り立たない。海崎社長(当時)が目論んだような、ヨーロッパでの知名度獲得、シェア向上は果たせているのだろうか。

 「ヨーロッパでの知名度に関しては、かなり早い時期に高めることができました。今はBSのブランド力を牽引するためのF1参戦だと言えます。事実、ヨーロッパだけでなく、中国や東南アジアでも私たちのシェアはどんどん上がっています。F1参戦が果たしているブランドイメージは、非常に大きいと思います」

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