キーマンインタビュー

スポーツが日本社会を活性化する鍵となる。

元国民スポーツ担当大臣 麻生太郎

●プロフィール●
1940年生まれ。63年、学習院大学卒業。66年、麻生産業入社、73年、麻生セメント代表取締役社長に就任。78年、日本青年会議所会頭。79年衆議院議員に当選、以降当選9回。経済企画庁長官、経済財政担当大臣、総務大臣、外務大臣、自由民主党幹事長を歴任。2008年、第92代内閣総理大臣。

(2)スポーツマンシップの究極は「尊重」の精神

 同時に、これは経済的な問題、つまりビジネスの問題にも直結します。優秀なビジネスマンによって、より良いビジネスが実現するわけです。優秀なビジネスマン、すなわち企業が求める人材に必要とされる力として重要なもののひとつは、「自ら判断する力」だと思います。

 スポーツが19世紀の英国のパブリックスクールで完成されたことはご存じでしょうか。実はこのパブリックスクールこそが、当時の英国の社会が求める人材の供給源でした。当時の英国は「7つの海を支配」し、「太陽の没しない国」といわれるほどの超大国でした。その繁栄を支える最大のポイントは「植民地の管理・経営」でしたから、この業務に従事する人材の養成は最重要課題だった。そこで求められていたのは、英国という国家や社会に忠誠心を持ち、「自らが判断する勇敢な人」で、特に、組織と個人の関係のバランスをとるための判断能力が重視されました。これぞ「スポーツマン」だといえるでしょう。 

 そして、こうした個人の能力に支えられたチームワークが求められたのです。大事なことは、あくまでベースは「自立した個人」だということ。チーム力は、自立した個人を基盤にして、おのおのの異なった個性を尊重しながらつくり上げられていく。ですから「スポーツマンシップ」とは、究極的には「尊重」の精神だということになります。

 さて、「21世紀の日本社会がいかに健全でいられるか」という課題に、スポーツがどれだけ重要な役割を果たすかという点について考えてみましょう。 「イジメ問題」などは、各個人がどれだけ「尊重」の心を持つかが解消の鍵だと思います。スポーツには社会の問題解決を図る可能性が大いにあると考えているのですが、現時点では残念ながら潜在的な可能性でしかありません。これを顕在化し現実化するためには、私を含め、スポーツ界側がもっともっと自己改革すべく努力しなければならないと思います。まずは、われわれが襟を正すべきなのです。スポーツが無条件に素晴らしいものなのではなく、スポーツを担うわれわれ一人ひとりの自覚と行動によって、その価値が高まっていくのです。